2026/08/11 14:27
shiroでアクセサリーに使用している、チェコガラス。
色や模様、光を受けたときの表情に惹かれて使い始めた素材ですが、調べているとたびたび目にする地名があります。
「ヤブロネツ・ナド・ニソウ(Jablonec nad Nisou)」。
チェコ北部、イゼラ山地の麓にある街です。
私はまだチェコを訪れたことがありません。
それでも、普段手にしている小さなガラスが、どんな土地や歴史とつながっているのか気になり、ヤブロネツにあるガラス・ジュエリー博物館などの資料をもとに調べてみました。
ガラスとアクセサリーに深く関わってきた街
ヤブロネツは、ガラスをはじめ、ビーズやガラスボタン、コスチュームジュエリーなどと長く関わってきた街です。
現在、街には「ガラス・ジュエリー博物館(Museum of Glass and Jewellery in Jablonec nad Nisou)」があります。
そこにはガラス製品だけでなく、ガラスストーンやビーズ、ガラスボタン、金属製のアクセサリーなど、この地域のものづくりを伝える数多くの資料が残されています。
ガラスボタンにも、約300年の歴史
今回調べていて特に驚いたのが、ガラスボタンについてでした。
ガラス・ジュエリー博物館の資料によると、ボタンは約300年にわたり、ヤブロネツのコスチュームジュエリー産業を構成する品のひとつだったそうです。
博物館では、18世紀末から現在までのボタンのデザインや技術、交易などを伝える資料を収蔵しています。
そして、収蔵庫に保管されているボタンは550万点以上。
550万点という数にも驚きますが、それだけ多くのボタンが作られ、使われ、デザインされてきた歴史があるということにも惹かれました。
shiroでもガラスボタンをアクセサリーに使用しています。
普段は一つずつ手に取りながら、「この青がきれい」「この模様を生かすなら、どんなアクセサリーがいいだろう」と考えている身近な素材です。
けれど、その小さな一粒の向こうには、自分が思っていた以上に長い歴史がありました。
ヤブロネツから世界へ
ヤブロネツは、作るだけではなく、周辺地域で作られたコスチュームジュエリーを海外へ送り出す拠点としても発展しました。
特に1918年から1938年のチェコスロバキア第一共和国時代には、ヤブロネツはコスチュームジュエリーの重要な輸出拠点となり、この地域の製品が世界各地へ渡っていきました。
今では日本にいながら海外の素材を手にすることも珍しくありません。
けれど、そのずっと前から、この土地で生まれた小さなガラスやアクセサリーが国境を越え、遠く離れた場所へ届けられていたのだと思うと、不思議な感じがします。
今も受け継がれているガラスの技術
長い歴史の中で、チェコのガラス産業もさまざまな変化を経験してきました。
それでも、ガラスづくりの技術は現在まで受け継がれています。
2023年には、チェコを含むヨーロッパ6か国の「手作りガラス生産の知識・工芸・技術」が、ユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に登録されました。
登録されたのは、特定のガラス製品ではなく、ガラスを成形し、加工し、装飾するための知識や技術そのものです。
完成したものだけではなく、それを生み出すための「人の技術」も受け継ぐべき文化として認められていることが、とても印象に残りました。
小さなガラスの向こう側に
普段アクセサリーとして手にしているのは、ほんの数センチほどの小さなガラスです。
けれど、その背景をたどってみると、知らなかった土地や歴史、長い時間をかけて受け継がれてきたものづくりへとつながっていきます。
素材の背景を知ったからといって、ガラスそのものが変わるわけではありません。
それでも、光にかざしたときの色や、小さな模様を眺める時間が、以前とは少し違って感じられることがあります。
shiroでは、そんなチェコガラスの色や模様を生かしながら、一つひとつアクセサリーに仕立てています。
小さなガラスの向こうにある物語も、作品と一緒に楽しんでいただけたらうれしいです。

参考資料
・Museum of Glass and Jewellery in Jablonec nad Nisou
(ヤブロネツ・ナド・ニソウ ガラス・ジュエリー博物館)